百 耕
Hyakko
明治11年に博多の櫛田前町(現冷泉町)に生まれ育ち、没年の昭和33年まで数百点の大絵馬を描いた絵馬師・吉村百耕。
昭和30年代までの日本では、地域の人たちがお金を出し合って厄除け、安全・健康・長寿などの共通の願いを叶えてもらうために、大絵馬を神社に奉納する習慣がありました。
そしてその庶民の願いを託されて絵馬を描く絵師の事を「絵馬師」と言い、福岡県福岡市の博多にいた最後の絵馬師が百耕だったのです。
百耕の200面近い大絵馬は、櫛田神社・筥崎宮・警固神社・鳥飼八幡宮・飯盛神社・桜井神社など、福岡県下の数多くの神社に現存しています。
博多最後の絵馬師 吉村百耕
博多最後の絵馬師
地域の想い
櫛田神社 絵馬
絵馬とは
The origin of Ema
古代よりわが国では、馬は神の乗り物として神聖視されていて、そのため祭事や雨乞い・日乞いのため生き馬の献上がしばしば行われていました。しかし馬自体が貴重で高価な動物であった事と、餌代と世話をする人の賃金など主として財政的な理由から、藁や土や木製の馬型になり、やがて板に馬の絵を描いた絵馬になりました。それが絵馬の原型ですが、室町時代から題材はさらに合戦図、大漁豊作、健康・安全・長寿祈願や歌舞伎などへと発展していったのです。
吉村 精高
Kiyotaka Yoshimura
1952年(昭和27)福岡市博多区冷泉町生まれ。大学受験英語塾「福岡英語塾」主催。西南学院高校卒業、明治大学法学部中退。
高校・大学では演劇部に所属、映画監督を志すも挫折。外資系会社で貿易業務を担当、30代半ばで独立しファッションのインポート業務に携わるが、40代の終わりに英語を教える天分に目覚め転身、現在に至る。
2002/2007ニューヨークの鬼才ジャズ録音エンジニア、ルディ・バン・ゲルダー(故人)のスタジオにて井島正雄(故人)の2枚のアルバムを企画・コーディネート。
2015カンヌ映画祭応募作「デラシネ」を製作・監督。
吉村 精高
百耕の孫
講演会のご案内
歴史作家の浦辺登氏、作家・映画評論家の矢野寛治氏を交えて、
百耕絵馬の現代における意義、その時代背景、主要作品について考察していきます。
講演会
「博多最後の絵馬師
百耕」
講演会
博多最後の絵馬師
百耕
開催日時
2024年2月25日(日) 
13:00〜15:30 (開場 12:30)
会場
福岡市美術館(ミュージアムホール) 
福岡市中央区大濠公園1-6
定員
170名
入場料
1,000円
講 演 者
第一部
浦辺 登 (歴史作家)
百耕絵馬の現代における意義
矢野 寛治(作家・書評家・映画評論家)
(中洲次郎)
百耕絵馬とその時代背景
第二部
吉村 精高(百耕の孫)
百耕の思い出と主要絵馬の解説
浦辺 登
浦辺 登
Noboru Urabe
歴史作家・書評家
1956年(昭和31)、福岡県筑紫野市生まれ。福岡大学人文学部卒業。大学在学中、崩壊前のベルリンの壁を単独越境した体験が原点となり文筆に携わる。一般社団法人「もっと自分の町を知ろう」会会長。
著 書
「明治四年・久留米藩難事件」(以下弦書房)、「勝海舟から始まる近代日本」、「玄洋社とは何者か」、「東京の片隅からみた近代日本」、「霊園から見た近代日本」、「太宰府天満宮の定遠館」、 「維新秘話福岡」(花乱社)など。
矢野 寛治
矢野 寛治
Kanji Yano
作家・書評家・映画評論家
1948年(昭和23)、大分県中津市生まれ。成蹊大学経済学部卒業。博報堂OB。元福岡コピーライターズ・クラブ理事長。西日本新聞を中心にエッセイ、映画評、書評を執筆。RKB、TNCテレビにコメンテーターとして出演。
著 書
「我が故郷のキネマと文学」(弦書房2023年)、「伊藤野枝と代準介」(同、2014年地方出版文化賞奨励賞)、「反戦映画からの声」(同)、「団塊ボーイの東京」(同)、「なりきり映画考」(書肆侃侃房)、「ふつうのコピーライター」(共著・宣伝会議社)。
主催:百耕レミニッセンス・プラン 福岡市中央区今泉1-18-22 / 後援:福岡市
お問合せ:キース吉村 (携帯)090-3607-0493
主催:百耕レミニッセンス・プラン
   福岡市中央区今泉1-18-22
後援:福岡市
お問合せ:キース吉村 (携帯)090-3607-0493
「博多最後の絵馬師 百耕」ブックレット
書籍販売のご案内
福岡県下に残る百耕の約180面の絵馬の中から35面をピックアップ。2m前後の大絵馬を解説付き(日本語・英語)で紹介します。
このブックレットを持って実際に神社へ赴き、ご自分の眼で百耕の繊細でダイナミックな表現をお楽しみください。
『博多最後の絵馬師 百耕』
ブックレット/A5横/カラー32P
出版元:百耕レミニッセンス・プラン
定 価:1,000円(税抜)